山陰線工事 手直し1

「下り線がいつのまにか上り線になっている」というのはやっぱり気持悪い、とのご指摘を受け、一部手直しを行いましたw

まず、運転の筋書きですが、

京都駅を発車した下り列車は、嵯峨駅を経て保津峡駅に到着。実際にはここから、馬堀、亀岡、並河、千代川・・・と進んでいくわけでありますが、そこはやはりレイアウトの悲しさ。「終点保津峡駅」(爆)に到着した下り列車は、ここで再び京都駅に向かっての上り列車となります。

ここで、気動車列車の場合はそのままバックで折り返しますが、機関車列車の場合、当駅には機回し線がないため(実際も)そのまま嵯峨駅までバック運転します。

嵯峨駅で機回し線に待機する別の機関車に交替し、やっと「堂々たる上り列車」となって京都駅に向かいます。京都駅に到着後、機関車は切り離され、機回し線を回って、DF50またはDF91の場合はそのまま連結、蒸機の場合は、梅小路まで戻って、転車台で回転し、バック運転で再び列車の先頭に立ちます。

とまあ、誰かさんのご提案の「まんまパクリ」とさせていただきました。

ここで、上記の筋書きを実現するために、主に2箇所の手直しをしたのが、下の画像です。(え〜い、回りくどいぞ)



実際の嵯峨駅とは配線が異なりますが、ここでは2面3線とし、中線を機回し線としました。特に幅方向のスペースがないため、ホームにはKATOの「ローカルホーム」を使用し、中線を挟んでの対向式としました。

このストラクチャーを生かしたいがために、わざわざ嵯峨駅を選択したようなもんですw

次は、京都駅での蒸機の場合の対策です。



梅小路機関区の、転車台だけを再現することにしたのです!

当初、同機関区は、京都駅から2kmも離れていることと、その規模が余りにも大きい割に、ワタシの時代では「戦艦大和の45サンチ砲でスズメを撃つ」ような存在になっていたこともあり、機関区機能の全てを京都駅転向給炭水所に委ねることにしたわけですが、山陰線側からは非常に遠くてしかも対角位置にあるため、

「転車台だけ再現して、後はバックに梅小路の写真を貼り付ける」

という妙案?を思いついた次第です。(なんかな〜

なお、上の画像では、転車台行きの線路が山陰線築堤に乗り上げていますが、転車台位置を2〜3cm程度低地にして、スルーガーター橋の最低地上高を稼ぐ算段です。